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WebGuide秩父は秩父のポータルサイトとして秩父のさまざまな情報を発信しています

取材日 : 2013年12月5日

秩父夜祭大祭(夜)の様子(秩父市)

 秩父夜祭大祭(夜)の様子です。豪華絢爛な笠鉾・屋台が勇壮な秩父屋台囃子にのり、冬の夜空を焦がす花火をバックに曳き回されます。 

 午後7時頃、提灯で飾られた6台の屋台・笠鉾が、御神幸行列を先頭に約1キロ離れたお旅所を目指し、秩父神社を出発します。

 

※12月2日秩父夜祭宵宮の様子はこちら!

※12月3日秩父夜祭大祭(昼)の様子はこちら!

 

 

 重さ10数トンから20トンを超えると云われる屋台・笠鉾がお旅所への急な団子坂(だんござか)、傾斜角約25度、長さ50メートルを引き上げる様は大迫力です。

  祭りの盛り上がりとともに、お旅所では6台の屋台・笠鉾が集合し祭りのフィナーレを迎えます。

 

 

 当日の人出は約19万4,000人で、秩父市街はたくさんの観光客で賑わいました。

 秩父では夜祭が一年の締めくくりと言われ、祭りが終わると師走の慌しい中、正月支度に入ります。そしてまた来年の夜祭へと心躍らせ、年を越していくのです。

  

 ※今回の取材にあたり秩父市役所観光課、秩父観光協会、秩父神社、各屋台・笠鉾関係者の皆様のご理解・ご協力を頂きました。

秩父夜祭大祭(昼)の様子(秩父市)

 日本三大曳山(ひきやま)祭りの一つとして有名な、秩父神社例大祭(秩父夜祭)が(12月2日宵宮、3日大祭)行なわれました。

 

 ※12月2日秩父夜祭宵宮の様子はこちら!
 ※12月3日秩父夜祭大祭(夜)の様子はこちら!

 

 江戸時代の寛文年間(1661~72)には祭りが存在していたという記録があり、300年余りの歴史があります。 江戸時代には祭りとともに秩父絹の市が立ち、秩父の経済を潤したといわれ、別名「お蚕祭り」とも呼ばれます。

 

 秩父の総社秩父神社の例大祭で、京都の祇園祭、飛騨の高山祭とともに「日本三大曳山祭り」に数えられ、毎年多くの観光客が訪れます。
 当日は絢爛豪華な2台の笠鉾と4台の屋台が曳行され、その様子は「動く陽明門」とも言われます。

 

 今年は天候にも恵まれ、たくさんの観光客や地元の人が訪れていました。

 

 ※今回の取材にあたり秩父市役所観光課、秩父観光協会、秩父神社、各屋台・笠鉾関係者の皆様のご理解・ご協力を頂きました。

 

 

秩父夜祭宵宮の様子(秩父市)

 12月2日(月)秩父市内で秩父夜祭宵宮が行われました。

 京都の祇園祭、飛騨の高山祭とともに日本三大曳山祭に数えられる秩父夜祭は、

秩父の総社、秩父神社の例大祭で300余年の歴史を誇ります。

 

※12月2日秩父夜祭大祭(昼)の様子はこちら!
※12月3日秩父夜祭大祭(夜)の様子はこちら!

 

 市内では各町会の屋台が曳行され、「曳(ひ)き踊り」や「屋台すれ違い」といった所作事が行われます。

 屋台では長唄に合わせて日本舞踊を舞う「曳き踊り」が行われ、小中学生らが日頃の稽古の成果を披露する桧舞台です。

 屋台すれ違いでは屋台囃子(ばやし)の太鼓が鳴り響く中、「ホーリャイ、ホーリャイ」の掛け声とともに、屋台が行き来します。

 夜には花火も打ち上げられ、各町会も翌日の祭り本番に向けて準備万端の様子でした。

 

 ※今回の取材にあたり秩父市役所観光課、秩父観光協会、秩父神社、各屋台・笠鉾関係者の皆様のご理解・ご協力を頂きました。

取材日 : 2013年7月21日

秩父川瀬祭(秩父市)

秩父川瀬祭は秩父のお祇園で、秩父神社の夏祭りです。

300年以上の伝統を誇り、例年7月19日から20日にかけて行われます。

12月3日の「秩父夜祭」と対比するお祭りといわれ、夜祭に対して昼の祭り、冬に対して夏、大人に対して子供のお祭りです。

秩父市内を絢爛豪華な8基の笠鉾・屋台が秩父屋台囃子のリズムに乗って曳き回されます。

笠鉾・屋台の囃子手は子供達が務め、花笠を付けた曳き子はかわいらしく楽しい子供のお祭りです。

 

7月19日(金) 宵宮の様子

7月19日は宵宮で午後から各町会で山車の牽引が行われ、午後7時過ぎに秩父神社境内に笠鉾・屋台が一旦集結し、その後、夜の町内を牽引します。

午後7時過ぎの秩父神社境内は、まさに宵宮の見所で悪疫退散の「天王柱立て神事」が行われます。

その後、道の駅ちちぶの裏手で花火が盛大に打ち上げられます。

取材当日は天候にも恵まれ、たくさんの観光客や地元の人などが訪れていました。

 

7月20日(土) 本祭の様子

20日は秩父神社境内に集合した笠鉾・屋台が御神幸行列に先立ち出発します。重量約400kgもの白木造りの神輿が荒川の清流の中へと入る「神輿洗いの儀式」が行われます。

同儀式は、昔から「水の恵みに感謝」し「災厄を流す」と云われています。

夕方から夜にかけて、「五町曳き別れ」「兄弟笠鉾曳き別れ」「三町曳き別れ」などが行われ、それぞれの町会へと戻っていきます。

今年の秩父川瀬祭は両日とも天候に恵まれ、たくさんの観光客や地元の人達で賑わっていました。

取材日 : 2013年4月4日

御田植祭(秩父市)

 2013年4月4日、秩父路に本格的な春の訪れを告げる御田植祭が秩父神社でおこなわれました。同祭は埼玉県撰定無形民俗文化財に指定され、古くは旧暦2月3日に行われていました。

 その後明治6年の改暦によって一旦3月3日となり、その後4月4日に行われるようになりました。
 取材日は好天に恵まれ、沢山の見物客やカメラマンで賑わいました。

※取材にあたり、秩父神社様のご理解とご協力をいただきました。

 この神事は春の農作業に先立ち、今年の豊作を願い境内を神田に見立て、苗代作りから種蒔き、田植え、収穫までの模擬水田耕作風景を「田植歌」と共に奉納します。
 また、12月3日に行われる秩父神社例大祭「秩父夜祭」で、豊作をもたらした清らかな「お水」を、武甲山へお返しする新穀感謝の神事でもあります。

取材日 : 2013年4月1日

四條流包丁式(秩父市)

 2013年3月31日、秩父市番場町の秩父神社で、四條流包丁儀式が行われました。花冷えとなったあいにくの天候にも関わらず、日本の伝統的な料理方式を伝える儀式を一目見ようと、多くの見物客やカメラマンで賑わいました。

 ※取材にあたり秩父神社様のご協力をいただきました。

 

 四條流は平安時代の初期、58代光孝天皇の時代、四條中納言藤原朝臣山陰卿(ふじわらのあそんやまかげきょう)が鯉を包丁した時の切形から由来すると伝えられています。 流麗で見事な包丁さばきに見物者からは歓声や拍手が沸き上がっていました。儀式で調理された鯉は秩父神社に奉納されました。
 右手に包丁刀、左手に真魚箸を持ち、まな板の材料に触れることなく六根清浄(ろっこんしょうじょう)と念じ、天下泰平・五穀豊穣を唱えながら調理します。

 年頭や慶事の際に包丁の型を披露する儀式として宮中の行事として行われていましたが、室町時代に武家社会にも伝わり、所作や切り型にも祝賀や祈願などの意味が込められています。

取材日 : 2013年2月4日

秩父三社節分祭の様子

 2月3日、秩父三社(秩父神社、寳登山神社、三峯神社)で節分祭が行われました。

※取材にあたり秩父神社様、寳登山神社様、三峯神社様のご理解・ご協力をいただきました。

 

■秩父神社/節分追雛(ついな)祭の様子

 秩父神社では節分追雛祭が行われ、多くの参拝者たちが訪れました。

 10時から行われたつけ行事「鬼やらい」は秩父郡市内外から駆けつけた年男・年女が豆まきし厄払いをします。豆は小袋に2,500袋用意され、午前と午後の計7回平成殿から撒かれました。

 神社境内の神楽殿では福神舞が舞われます。18時頃から社殿前で地元の素人力士による組み手の奉納があり、19時30分頃 から社殿で祭典を行います。古式ゆかしい神事は奉幣の儀、撒豆の儀、引目の儀と行われ、最後に福神舞が行われます。

 

■寶登山神社/節分追儺祭の様子

 長瀞にある寶登山神社では11時・15時に節分追儺祭が斎行されました。

 神職による蟇目(ひきめ)神事では東西南北、中央に向けて矢が射られ、邪気をはらい福を呼ぶとされています。放たれた矢を手にした人はその年の縁起が良いともいわれ、多くの参列者が注目する行事となりました。

 また、年男・年女による豆まきでは「福は内、鬼は外」の大きな掛け声とともに豆やみかんが撒かれます。この豆には特別なお土産と引き換えられる「大当たり」の入った小袋があり、境内は福を授かろうとする多くの参列者で賑わいました。

 

■三峯神社/ごもっとも神事

 秩父市三峰の三峯神社で今年も「ごもっともさま」神事が行なわれました。

「ごもっとも神事」は五穀豊穣・大漁満足・夫婦円満・開運長寿・子授け等の祈願をし7時・11時・12時・14時・16時と合計5回の神事が行われました。

 福は内、鬼は外の後に「ごもっともさまー!」の掛け声と共にごもっとも棒を掲げ祈願をしていました。

 

取材日 : 2013年1月4日

秩父三社初詣の様子

 秩父三社(秩父神社、三峯神社、寶登山神社)元日の様子です。例年にも増して、数多くの参拝者で賑わっていました。

 平成25年は巳年。「WebGuide秩父」読者の皆様にとって、“巳”のり多い一年となりますようにお祈りいたします。(WebGuide秩父編集部一同)

 ※今回の取材にあたり秩父神社、三峯神社、寶登山神社関係者皆様のご理解・ご協力を頂きました。

 ◎秩父神社

 新年を迎えたばかりの境内には、参拝者の長蛇の列。古いお札やダルマをお焚き上げする炎で暖をとりながら、熊手や破魔矢を買い求める家族連れや若者のグループが、晴れ晴れとした表情で新年の挨拶を交わしていました。 

 昼間の秩父神社は、穏やかな陽気のもと大勢の参拝者で賑わいました。境内では毎年恒例、横瀬町担ぎ石保存会の「担ぎ石」神事が奉納され、力自慢の若者やうら若い女性、小さな子どもが石担ぎに興じ新年にふさわしい賑やかな初春となりました。 

 参拝後は絵馬やお守りを求めたり、おみくじに一喜一憂し今年一年の無事を祈願していました。

 

 ◎三峯神社

 雪の残る三峯神社では山梨方面からのお客様も多く見受けられ、大勢の参拝者で賑わっていました。

 参拝後にはおみくじを引く人や、甘酒やけんちん汁で暖を取る人もいました。巳年の絵馬も展示され、本殿横の御神木は触ると“ご利益”があると有名で、寒い中手袋をはずし願掛けする方が大勢見受けられました。 

 

 ◎寶登山神社

 寶登山神社の年末年始の様子です。大晦日の同社は、大勢の参拝者で賑わいました。参道には初詣の順番を待つ長い行列ができ、境内は若者からお年寄りまでたくさん人の熱気に包まれていました。

 例年よりも寒さが厳しかった大晦日、お焚き上げの炎で暖をとる姿も多く見られました。

  

 また、元日も大勢の参拝者が神社を訪れ、秩父鉄道長瀞駅から神社へ向かう緩やかな坂道を登る人々で賑わいました。参拝をすませ熊手や破魔矢を手にする人や、鳥居前に飾られる巨大絵馬と同じ寶船の絵が描かれた絵馬に、新年の願いを書く人の姿が印象的でした。

取材日 : 2012年12月5日

秩父夜祭12月3日大祭(夜)の様子(秩父市)

 12月3日午後7時頃、提灯で飾られた6台の屋台・笠鉾が、御神幸行列を先頭に約1キロ離れたお旅所を目指し、秩父神社を出発。神社周辺や秩父駅前はたくさんの人で賑わっていました。重さ10数トンから20トンを超えると云われる屋台・笠鉾がお旅所への急な団子坂(だんござか)を引き上げる様子は一見の価値があります。

 ※12月1日「秩父祭屋台」国指定50周年記念特別曳行の様子はこちら!

 ※12月2日秩父夜祭宵宮の様子はこちら!

 ※12月3日秩父夜祭大祭(昼)の様子はこちら!

 

 

 約7,000発の色鮮やかな花火が打ち上げられ秩父路の夜空を彩り、屋台・笠鉾との共演に約19万人の観光客は酔いしれていました。

秩父夜祭12月3日大祭(昼)の様子(秩父市)

 日本三大曳山(ひきやま)祭りの一つとして有名な秩父神社例大祭(秩父夜祭)が(12月2日宵宮、3日大祭)行なわれました。
※今回の取材にあたり秩父市役所観光課、秩父観光協会、秩父神社、各屋台・笠鉾関係者の皆様のご理解・ご協力を頂きました。

 ※12月1日「秩父祭屋台」国指定50周年記念特別曳行の様子はこちら!

 ※12月2日秩父夜祭宵宮の様子はこちら!

 ※12月3日秩父夜祭大祭(夜)の様子はこちら!

 秩父の総社秩父神社の例大祭で、京都の祇園祭、飛騨の高山祭とともに「日本三大曳山祭り」に数えられ、毎年多くの観光客が訪れます。
 当日は絢爛豪華な2台の笠鉾と4台の屋台が曳行され、その様子は「動く陽明門」とも言われます。

 

 江戸時代の寛文年間(1661~72)には祭りが存在していたという記録があり、300年余りの歴史があります。 江戸時代には祭りとともに秩父絹の市が立ち、秩父の経済を潤したといわれ、別名「お蚕祭り」とも呼ばれます。