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| 和銅会報 第3号 平成7年5月1日発行 |
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和銅遺跡 秩父が史上で有名になったのは、奈良時代に和銅奉献の記事が続日本紀にあらわれてからであります。元明天皇の慶雲5年正月12日武蔵秩父郡内より差出された自然銅は郡司から朝廷に献上されたものです。発見者は新羅から帰化された「金上无」と云われております。 発見地や産出地などは諸説がありますが、この地(秩父市黒谷地内−−旧原谷村大字黒谷)祝山が発掘地と思われます。この山は秩父古成層と第三紀層の合わさり目で、たまたま自然銅が地上に露出したものを里人が見つけたものですが、帰化人も多く住んでいたことからこれが銅とわかったもののようです。この山や付近には露天堀跡や銅洗堀とか、殿地、和銅山と云う地名が残されております。また、近くに自然銅を神体とする聖神社や和銅鉱物舘などがあります。和銅山の南方山続きに金山と呼ばれる一連の山魂がありますが、江戸期に採掘されたものと推定される選鉱場製錬所跡や、散在するタガネ堀による横穴抗などがありますが、和銅沢、蔵人屋敷の地名もこの辺りにのこされております。 和銅奉献によって朝廷は年号を「和銅」と改め、更に大赦や課税の免除などを行いました。この後我が国最初の貨銭「和同開珎」が鋳造されたのも歴史上非常に意義深い出来事であります。 昭和六十一年十月 秩父市商工観光課 秩父市教育委員会 |
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(解説) 「続日本記」(「しょくにほんぎ」と読まれます。) 「日本書紀」(養老4年・720成立)に次ぐ勅撰史書で延暦16年(797)成立。文武元年(697)から延暦10年(791)まで約1世紀の編年史で、奈良時代の根本史料。その中の和銅元年(708)正月の条に「和銅元年春正月乙巳、武蔵国秩父郡献和銅」「和銅元年春正月11日、武蔵国秩父郡、和銅を献る(たてまつる)」とある。(案内板には12日とあるが、和銅献上を記念しての「和銅改元」が11日であり、諸文献も11日としているものが多い。) 「自然銅」 やはり続日本紀に、「和銅」のことが「自然作成和銅」と書かれている。自然に(おのずからに)なれる(にぎあかがね=熟銅)といって、精練を要しない自然銅としている。 「金上无」(「こんじょうむ」とも金上元「こむじやうぐわん」とも書かれる。) 続日本紀に2度でてくる人名。和銅献上の機に、無位から従5位に叙せられたことと、翌和銅2年11月2日に伯耆守(ほうきのかみ・現鳥取県の国主)に任ぜらたことである。 (解説・説明等、以下次号に続く) |
私作黒谷往来 (その2) 倉林安雄家文書 |

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中反去て二ツ石 是は古跡て往還なり 杖にすがり殿地を蹈で 堤田泉水なり 緋鯉に真鯉 金魚の遊で行方奥万社 お瀧の渕をおよぎこし 仙元やまよりひばにたを一飛とんで鷺のくち 秋葉山を右に見て 下る所がほやき不動 すなじ川ら つんだし 右に妙が峠 竹のいり 薬師堂に八十二佛 中嶋を押出し 西林を新井戸覗見るに はふやならべて立給ふ 下小川四郎坂を這上がりバ六地蔵 「注釈」 ★中双(なかずり 地名・屋号)(招木河原東岸は南に横瀬川の合流点があり、北は銅銭瀧(どうねんぼう)が流入していて、中央部分全体が突き出て、反り出した地形になっている。中双(中反り?)の地名の起こりと考えられる。)★二つ石是ハ古跡で往還なり(二つ石 地名・屋号)(往還を横切って堤田沢が流れ、そこに2枚の平盤石が橋として敷かれていた。なお、橋の西側には古社として金山神他4社が祀られていた。) ★殿地(どんじ 地名・屋号)(蔵人屋敷、地行所、どんぢ入り、韓国古語の殿地など所説粉々の地名なので、詳細は後述の機会に譲る。) ★堤田泉水(古跡)(和銅沢を堰きとめ、殿地屋敷東側に3つの池に区切って作られたもの。堤田田圃用地)★奥万社(殿地墓地「庚申真言一億塔」が道路向きに建っている。庚申会の本尊青面金剛の種子があり、「宝暦4年(1754)施主」「戌9月吉日設楽氏」の銘がある。)★お瀧の渕(地名・うしろ沢)★仙元山(山名・菅仁田山頂)★ひばにた(小字地名 菅仁田・すがにた)★鷺の口(峠の地名 蓑山山頂三沢境の尾根が南に長く下る所)★秋葉山(叙述の状況からみて作者の誤りで、「愛宕山」のこと。大平愛宕様の奥の院)★ほやき不動(古跡 ほやけ「火焼」不動 蛇紋石一枚岩中央を流れ落ちる和銅沢源流が瀧となったのが「不動の瀧」である。その近くに「火焼不動尊」が祀られている。)★すなじ川ら(小字地名 砂地)★つんだし(すなじに山津波があり祝山東南部に土石が流出したとされる)★妙が峠(小字地名・妙ゲ峠)★竹の入り(地名)★藥師堂には十二仏(谷水堂と称して薬師、阿弥陀、牛頭天王等十二仏が祀られている)★中嶋(地名・屋号)★押出し(地名・屋号 おんだし)★西林(地名・屋号)★新井戸(古井戸地名)★覗(のぞき 小字地名・覗岩)★はふや(破風屋 小字地名・屋号)★下小川(小字地名) ★四郎坂(地名)★六地蔵(地名・屋号 慶安の検地水帳に載っている) (紙上案内で和銅採掘露天堀跡を取り上げてました。「黒谷往来」が丁度和銅山をめぐる地域に差し掛かるので、絵図は古道のみで、現在の道路は描かれていませんが、昔と今の地形、地名、道路などを比較しながら興味深くご覧頂けるかとも思います。) |
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