和銅の発見、献上を喜ばれた朝廷は、勅使を遣わし祝山に神籬(神霊の宿るところ)を建てて金山彦尊を祀り祝典を挙げました。聖神社の創建は和銅元年2月13日で、祝山から銅洗堀を隔てて、蓑山(箕山、美野山、美の山)を背にした清浄の地を選んで遷座せられ、オホヒルメムチノミコト(天照大神)、クニトコタチノミコト(国常立尊)、カムヤマトイワレヒコノミコト(神武天皇)が併せ祀られました。
その創建当時、採掘された和銅石13個(神社に現存するのは大小2個)と、元明天皇下賜の銅製の蜈蚣(百足)雌雄一対が御神宝として納められ、今に伝えられています。
養老6年(722)11月13日には元明天皇を元明金尊として合祀し、秩父の総社と称されました。社殿は創建以来数度の改築があり、現在に残るのは文化4年(1807)8月再建のもので、昭和38年(1963)社殿を秩父市中町の今宮神社本殿から移築改修したことにより、旧本殿は脇に移され、大国主命を祀る和銅出雲神社として奉斉されています。ところで、現社殿ですが、一間社流造りの本殿と入母屋造りの礼拝殿からなり、江戸中期宝永6〜7年(1709〜10)の建築で、大宮郷の工匠大曽根与兵衛によって建立されました。彫刻は桃山期の遺風をわずかに残した活気に満ちたものです。「聖神社の社殿」として秩父市指定有形文化財になっています。 |

聖神社 |